地図上で探すのにも一苦労するアフリカ南東部の国、モザンビーク。日本人旅行者の足が遠のく理由は、単に地理的距離だけではない。そこには言語という見えない、しかし厚い壁が横たわっている。
植民地の遺産としてのポルトガル語
モザンビークの公用語はポルトガル語。これは16世紀から20世紀にかけて続いたポルトガルによる植民地支配の名残だ。19世紀、いわゆる「アフリカ分割」の時代に、ヨーロッパ諸国は競うようにアフリカ大陸を侵略し、その富を収奪していった。
この帝国主義の波の中、ポルトガルはスペインやイギリスといった強国に比べて軍事力に劣っていた。そのため、アフリカにおける植民地はモザンビーク、アンゴラ、ギニアビサウなど限られた地域にとどまった。結果としてアフリカ大陸においてポルトガル語圏は、英語圏やフランス語圏と比べて珍しい存在となっている。
ポルトガル語が遠い存在?冗談じゃないよ!
私自身、青年海外協力隊としてモザンビーク赴任が決まるまで、ポルトガル語に触れる機会は皆無だった。多くの日本人にとって、ポルトガル語は遠い存在だろう。
子供の頃に憧れていたブラジル出身のサッカー選手、ラモス瑠偉の口癖はポルトガル語ではなく「冗談じゃないよ!」という日本語だった。日本語ペラペラでしたからね。
あとで知ったが同時期に活躍していたジーコ選手は、インタビューでよく「Acho que〜(私が思うに〜)」とポルトガル語の定番フレーズを発していたらしい。ということは……ラモスでなくジーコのファンだったら、子供時代からポルトガル語に興味を持っていたのでは?……冗談じゃないよ!
ポルトガル語が話せないとモザンビーク生活は難しい
モザンビークでは、日常生活のあらゆる場面でポルトガル語が求められる。高等教育を受けた一部のエリート層や、観光業に従事する人々は英語でコミュニケーションが可能だが、それはあくまで例外的存在だ。
基本的にポルトガル語を話せなければ、買い物一つ、道を尋ねることさえ困難を極める。これが、ビジネスや観光で日本人がモザンビークを訪れる際の大きな障壁となっている。
日本でポルトガル語はマイナー言語
さらに問題なのは、日本国内でポルトガル語を学ぶ環境が整っていないことだ。英会話スクールは街中に溢れているのに対し、ポルトガル語教室は気合を入れて探さなければ見つからない。
書店に足を運んでも、ポルトガル語の専用コーナーが存在することは稀だ。スペイン語と混同されていたり、「その他の言語」という雑多な棚に追いやられている状況だ。
ポルトガル語の二重性
ポルトガル語学習の注意点は、ほかにもある。ポルトガル語にはポルトガル本国で話される「ヨーロッパ・ポルトガル語」と、ブラジルで話される「ブラジル・ポルトガル語」の二種類が存在する。
語彙や文法に微妙な違いがあり、モザンビークで使われるのは「ヨーロッパ・ポルトガル語」。しかし、日系移民の歴史からブラジルとの結びつきが強い日本では、流通している教材のほとんどが「ブラジル・ポルトガル語」に特化している。
モザンビークで通用する「ヨーロッパ・ポルトガル語」の教材を見つけることは至難の業であり、本格的に学ぶには、ポルトガル本国かモザンビークのような旧ポルトガル植民地に身を置くしか選択肢がない。
言語の壁を超えた先にあるもの
結論として、モザンビークでの生活や仕事を志す日本人にとって、最も効果的な学習法は現地に飛び込み、日々の生活の中でポルトガル語を習得していくことだろう。
言語の壁は高いが、それを乗り越えた先には、豊かな自然と文化、そして温かい人々が待っている。未知なる国モザンビークへの扉を開くカギは、まさにポルトガル語にある。